技術解説

温度調節計の突入電流について

1.はじめに

 現在の温度調節計の大半は、内部のマイクロプロセッサや表示回路などを含む電子回路に電流を供給するためのスイッチング電源を内蔵しています。このスイッチング電源は、一般に敷設されているAC100Vや200Vなどの電圧レベルから人体などが直接触れても感電せず、しかも電子回路で必要な5V程度の電圧を電流の変化に応じて安定化して供給するという重要な役目を持っています。
このスイッチング電源は、AC電圧をDC電圧に平滑するためのコンデンサインプット回路が必要なため、電源投入時に大きな電流を生じてしまいます。
これを一般的に突入電流といいます。
この値は、計器の消費電力が数ワットにも関わらず、数十アンペアにもなることがあり、複数台を同時に投入すると百アンペアを越える大きな電流が生じる場合があります。
今回は、この突入電流の発生メカニズムと対処方法などを中心に述べます。

 

2.突入電流発生のメカニズム

 突入電流は、スイッチング電源に内蔵されているコンデンサインプット回路において生じるものです。コンデンサインプット回路は、交流電圧を直流電圧に変換する目的で挿入されています。(下図回路参照)

・コンデンサインプット回路

R: 突入電流制限抵抗(5-20Ω程度) 
C: 平滑用コンデンサ(10-100μF程度)

平滑コンデンサCに充電されていない場合、電源投入時は、ショート状態と考え、
   突入電流Ir=投入時の瞬時電圧V÷制限抵抗R (A)と求まります。

実際には、この他に電源ラインの配線インピーダンスやノイズフィルタのコイル直流抵抗などがあるため、実環境下では電流値はこの値を下回ります。
電源投入時の突入電流を波形シミュレータで示します。

*電圧のピークで投入した場合
(ピーク値=約10.4A)

*ゼロクロス付近で投入した場合
(ピーク値=約1.3A)

 

 このように、電源投入時の電圧により電流のピーク値や波形が大きく異なり、投入角によっては同じ電源電圧で10倍程度のピーク電流差が生じることになります。
また、コンデンサの静電容量値が大きい場合は、突入電流の生じる期間が大きくなり、抵抗にかかる瞬時的な電力ストレスも大きくなるといったことが起きます。
このことから、一見、
 ○ 制限抵抗値を大きくする。
 ○ コンデンサ容量値を小さくする。
 ○ ゼロクロス点付近で投入する。
とすれば、良さそうですが、それらに対しては、
 ○ 抵抗の定常消費電力が増加し、発熱する。
 ○ 容量値を削減すると瞬時停電に対する影響が大きくなる。
 ○ ゼロクロス投入回路を挿入すると回路が複雑になり現実的でない。
といった問題があります。

 

3.突入電流に対する注意点


上述のように、このコンデンサインプット回路は、SW1が投入された点で大きな突入電流が生じ、コンデンサに電荷が充電された時点で減衰します。
これを押さえるには、R1を大きくすることになりますが、そうすると定常電流による発熱が増加し、消費電力が大きくなってしまう不都合が生じます。
抵抗による制限には限界があり、小型の温度調節計では、最小でも、通常AC100Vで5アンペア程度、またAC200Vで10アンペア程度になります。
ただし、この大きな電流は、非常に短い時間で終わるため、ブレーカがトリップするとか、電源系統に障害を与えるということは余りありません。
 突入電流が問題となるケースは、主に電源ラインと計器間にメカニカルリレーやヒューズ等を挿入する場合です。
(一つの投入器に6台を並列接続した例)

 一台あたり10アンペアの突入電流が流れる場合、10アンペア×6台=60アンペア

特に、上図のように複数台をまとめて結線し、同時に電源を投入すると大きな突入電流によりリレーの接点溶着、溶断、ヒューズの切断などが起こってしまう場合があります。
シーケンサなどに内蔵されているミニチュアリレー等の容量の小さいリレーで電源を投入する場合は特に注意が必要です。
これらの対策としては、以下の項目が挙げられます。

 ○ 定格電流が20A以上のマグネットリレーやブレーカなどで電源投入を行うのが比較的安全。
 ○ ヒューズを挿入する場合は必ず遅断タイプ(スローブロータイプ)を選択することや、突入電流に対して十分耐量があることを確認した上で選定する必要がある。
 ○ メカリレー等の機械接点で投入する場合は、バウンスやチャタリング等により波形の形が乱れる場合があり、それによる火花やノイズ等の発生や、電源電圧の一時的な降下が生じる危険にも留意する必要がある。